【吊された男】映画「Untraceable(ブラックサイト)」と「飢えた犬」

(文章のみですけれども)今日はグロ注意!

先日、映画情報番組を見てたら面白そうな映画の予告編が。あらすじを。

"とあるウェブサイトにアクセスすると、拘束されて、注射器をセットされた人物のライブ映像が。そして、アクセスカウンターが一定数まで上がると、毒薬が注射されて、その人物は死んでしまう。サイト閲覧者全員が殺人の共犯になってしまうのだ。。。

原題「Untraceable」邦題は「ブラックサイト」の模様。
主演はダイアン・レイン。トム・ハンクスの息子も出てるんだそうです。

面白そう、、、とは思うものの、えげつないから見ないでスルーするかも

犬の餓死

という展示が有った、らしい。詳細はコチラが詳しいようです。

さらに、上記をモチーフにした創作、らしきものもありました。

ウケ-テル

もっと遡れば、ミキサーの中に金魚とか、明和電機によるウケ・テルなんてのもありました。

  • 明和電機(ウィキペディア)より
    "ウケ-テル(NAKI-U1)
     受話器を取って時報を聞くと水槽に針が落ち、魚の命に偶然を介して間接的に鑑賞者が関わる。

つまり、受話器を取ると水槽に針が落ちる、ということは、受話器を取る人が居なければ魚には何も起きないというわけで。

これ、魚と人間の違いはあるものの、「Untraceable(ブラックサイト)」とそっくり、と言ってしまうのは無理やりですが。

すごく悪趣味だと思うのですけれども、現代という時代には、なにか、こういう映画なり、作品なりを求めるような空気が有るのかもしれません。終わり。

って、終わってしまってはアレなので。

共犯

たとえば、
赤信号 みんなで渡れば怖くないであるとか
「選挙権を持ってるんだから、どんな政策が行われても、お前らも共犯な」
などなどの、社会における共犯関係を皮肉った作品、というふうに見るのが、割と素直な鑑賞のしかたでは無いかと思います。

だからこそ、オバマ候補であるとか、小泉総理のように「しがらみが無い人」に人気が集まりやすいのかもわかりませんけれども。

ここでは、共犯関係については、難しい話になりそうなんで、ちょっと置いておきます。

『吊された男』 なぜ、人は縛られるのか

というわけで、映画でありがちな、人が捕まってグルグル巻き(死語)にされた場面には、タロットカードの『吊された男』でタグ付けしたいと思います。

文字通り、縛られて手も足も出ない、見た目そのままですし。

手塚治虫「バンパイヤ」も、「もし動物に変身できたら法律やエチケットに縛られない……」*1というものでした。(……バンパイヤはちょっと古いか。)
つまり、その作品の前提として、『人は縛られている』と感じている。

「Untraceable(ブラックサイト)」と「飢えた犬」も、

  • 作品を見ている『私』が主体である
    『吊された男』である対象を見ている観客のありよう自身が作品である
  • 縛られた存在を、主体として見る。
    縛られた存在の作中の扱いに、現実を投影してみる。

といった、大雑把に分けて二通りの見方ができる構造になっているように感じられます。『だからどうした』といわれると困ってしまうわけですが。

で……「Untraceable(ブラックサイト)」って面白いんでしょうかね?


*1
手元にないので記憶だけで書いております
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